日本木屋用英语怎么说
日本木屋
用英语表达
翻译如下:
Japanese frame house
重点词汇释义:
frame house 英[freim haus] 美[frem haʊs]
n. 木屋
[例句]He lives in a white-painted frame house behind a picket fence up in Connecticut.
他住在康涅狄格州北部一个漆成白色的木制房子里,屋子前面竖着尖桩篱栅。
【うち】
指自己这一方的什么什么,根据语境既可以指我们家的○○,也可以指我们公司的○○,
通常用【うちの+名词】的形式,如
うちの子(こ)→我们家的孩子
うちの庭(にわ)→我们家的院子
うちの社员(しゃいん)⇒我们公司的社员
うちの事务所(じむしょ)→我们公司的事务所
【いえ】
就是指建筑物的房子。
家を买う(かう)→买房子
【か】
佐藤一家(さとういっか)→佐藤一家
画家(がか)
音楽家(おんがくか)
勉强家(べんきょうか)→爱学习爱钻研的人
家还有其他读音比如
【け】
佐藤家の朝食(ちょうしょく)→佐藤家的早饭
铃木家のやりかた→佐藤家的做法
【や】
吉野家(よしのや)→日本快餐店名字
白木屋(しろきや)→日本料理店名字
家赁(やちん)→房租
大家(おおや)→房东
あめんぼ あかいな アイウエオ
浮藻に子虾もおよいでる。
うきもに こえびも およいでる
柿の木、栗の木。カ、キ、ク、ケ、コ。
かきのき くりのき カキクケコ
啄木鸟こつこつ、枯れけやき。
きつつき こつこつ かれけやき
大角豆に酸をかけ、サ、シ、ス、セ、ソ。
ささげに すをかけ サシスセソ
その鱼浅瀬で刺しました。
そのうお あさせで さしました
立ちましょ、喇叭で、タ、チ、ツ、テ、ト。
たちましょ らっぱで タチツテト
トテトテタッタと飞び立った。
トテトテ タッタと とびたった
蛞蝓のろのろ、ナ、ニ、ヌ、ネ、ノ。
なめくじ のろのろ ナニヌネノ
纳戸にぬめって、なにねばる。
なんどに ぬめって なにねばる
鸠ぽっぽ、ほろほろ。ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ。
はとぽっぽ ほろほろ ハヒフヘホ
日向のお部屋にや笛を吹く。
ひなたの おへやにゃ ふえをふく
蜗牛、螺旋巻、マ、ミ、ム、メ、モ。
まいまい ねじまき マミムメモ
梅の実落ちても见もしまい。
うめのみ おちても みもしまい
焼栗、ゆで栗。ヤ、イ、ユ、エ、ヨ。
やきぐり ゆでぐり ヤイユエヨ
山田に灯のつく宵の家。
やまだに ひのつく よいのいえ
雷鸟は寒かろ、ラ、リ、ル、レ、ロ。
らいちょうは さむかろ ラリルレロ
莲花が咲いたら、瑠璃の鸟。
れんげが さいたら るりのとり
わい、わい、わっしょい。ワ、ヰ、ウ、ヱ、ヲ。
わいわい わっしょい ワヰウエヲ
植木屋、井戸换へ、お祭りだ。
うえきや いどがえ おまつりだ
详细解释
【名】
(1)(形声。从田,丁声。本义:田界,田间小路)
(2)同本义[raisedpathbetweenfarmfieldsbalkbaulk]町,田践处曰町。——《说文》
(3)又如:町畦(田界界域界限蹊径,途径)
(4)古代地积单位名[ting,ameasureofarea]町原防,牧隰皋,井衍沃。——《左传·襄公二十五年》
(5)田地田亩[field]。
(6)如:町崖(田区崖岸)
“町”字在日本
今天“町”这一汉字在日本的使用频率远远超过中国,主要有以下意思:
町(日语:ちょう、まち)在日语可以指市集、街市等意思。大街,街。城镇。例:家なき民が町に溢れる。街上都是无家可归的人。町へ行きます。去城里。
町是日本行政区划名称,如:大手町、御徒町、大工町等。行政等级同市、村,相当于中国的镇。另一方面,日本的市内部编组的町,则相当于中国大陆的街道办事处。在满洲国统治中国东北时期,曾经存在一种“街”建制,便是参照日本的町制。
町可以是日本的面积单位。1町=10反,约9917平方米,约等于1公顷。
町可以是日本的长度单位。[aJapanesemeasureoflength],1町=119码或1公里=9.167町。1町=60间,约109.09米。
町,日本漫画家永野护的作品《五星物语》的其中一个角色。
来日本观光的外国人,碰到的最头疼的问题,恐怕就是日本地名的读法了。
就一个“町”字,读法可真不统一。在东京,“大手町”、“町屋”等等的“町”,念作“まち”,可是“淡路町”、“浜町”等等的“町”,却念作“ちょう”。京都也是如此,相邻的“木屋町”和“先斗町”,一个念“ちょう”,一个念“まち”,令人怀疑自己有没有搞错地方。
原来,有关“町”字的读音,日语里并没有明确的区分基准,而是根据这个字在该单词里的语感是否自然舒适来决定的。所以,到底是“まち”还是“ちょう”,随着当地住民的感性的不同,便产生了不同的结果,并且就这么一直固定下来了。
实际上,在第二次世界大战前,对于住民们究竟念“まち”还是念“ちょう”,行政当局从未加以干涉,而在战后,行政当局才明确指示,“大手町”、“町屋”等的“町”,应该念作“まち”,而“淡路町”、“浜町”等的“町”,必须念作“ちょう”。
对于“町”的不同用法,除了强行记住它们以外,似乎别无选择。不过总的来说,东日本将“町”读作“まち”,西日本将“町”读作“ちょう”的倾向,还是比较明显的。